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日本語でなぜいけない

ネット上で買い物が出来るようになったことは、まったくもって福音である。日本国外に住んでいるので、どこにいても日本のものが買えるのは、とても嬉しい。特にアマゾンは、日本に限らず、フランス、ドイツや中国にまであるので、重宝している。(何故イタリアには、ないんだ?)

しかし、日本のアマゾンでCDを買おうとするたびに、気になる表記がひとつある。

ミュージック

と書いてある。しかもこれはクラシック以外のCDのみで、クラシックは別に、

クラシック音楽

と書かれている。不統一だ。何故、それ以外も

音楽

と書かないのか?うろ覚えだが、昔はそうだったような、気がする。

もし日本語に、「ミュージック」に相当する言葉がないのなら、カタカナが侵入してきてもいいかもしれない。しかし「音楽」と云うれっきとした日本語がある以上、なぜわざわざカタカナで英語を書かなくてはいけないのか?しかも、クラシックの方は、ちゃんと「音楽」と表記しているのに。“Music”のままぢゃ、駄目なのか?

仕事柄、所謂「洋楽」の歌詞を対訳したりするのだが、楽曲のタイトルも日本語に直しましょうかと言うと、「カタカナにするから結構です」と断られる。

結果、英米人が母国語の英語で歌っている英語の曲の英語のタイトルは、日本盤のCDでは、カタカナで表記される事になる。

それなのに、英語を母国語としない日本人が、日本人に聴かせる為に日本語で歌詞を書いた曲のタイトルが、こんなにも英語だらけなのは、不自然だ。

そりゃぁ、たまには、どうしても日本語に既存する言葉で言い表せなくて、英語なり他の言葉に丁度いいのがあるから、と云う場合もあるだろう。しかし、上記の「ミュージック」のように、大概は、そうではない。

「音楽」と言えばすむことを、わざわざカタカナで「ミュージック」と書き、日本語の発音でそれを読み、その言葉を、日本語の代わりに使う事で、いったい何が嬉しい?何か得する事があるのか?その方がなんとなくカッコいいような気がするだけだろう?

ショップ

なんてのも同罪で、ウン十年前からあった近所のおもちゃ屋が、近年突然、「おもちゃのショップ」と呼ばれだしたりしている。昔とまったく変らない店構えなのに。

この頃、跋扈している不思議なカタカナ言葉のもうひとつに、

スイーツ

と云うのもある。

「ミュージック」は、それでもまだカタカナになってなお原型の英語の音を(程度の問題として)多少なりとも留めているかもしれない。けれどこの「スイーツ」は、そうはいかない。

Sweets

Wが入っているのに、カタカナ表記にその部分がない。

スゥィーツ

に、なんでしないんだろう。もっと言えば、横文字のスペルとカタカナを見比べて、どう考えても正しくない、何か抜けていると、誰も思わないのか。

(そういえば、これは日本のカタカナ英語にしちゃぁ珍しく、ちゃんと複数形のSが、入ってんぢゃん。)

「英語でお菓子は、『スイーツ』なんだ」と思い込んで、カタカナ版を得意気に使ってるような奴は、まかり間違って英語なり他の外国語を習ったって、絶対にカタカナの呪縛から抜け出せない。

が、肝心なのは、「お菓子」と言う立派な日本語を無視してまで、なぜカタカナ英語にしたがるのか、だ。

私なら、「スイーツ屋をやってるんです。買いに来てください」なんて言われても、食欲が減退するだけで、わざわざ足を運ぼうなんて、思うまい。そんな単語を安易に使っている奴は、言語感覚が麻痺しているんだろうとしか考えられない。そんな奴が作ったものを、食べてみようと云う気になんか、ならない。が、「お菓子」と言われれば、ちゃんと頭の中に絵も浮かぶし、よぅし、一度行ってみようと云う気にもなるかもしれない。

そもそも横文字で綴られるべき言葉を、わざわざカタカナで表記して、その片方では、正しい英語表記が理解できないなんて。それは、何万歩譲っても不自然だ。

中国語では、「コカ・コーラ」を、「可口可楽」と書くそうだ。これは実に味がある音写だと思うね。オリジナルのスペルより美味しそうだ。しかし、カタカナ版は、単なる意味のない記号でしかない。

フランスには、アカデミー・フランセーズL’Académie Françaiseと云う機関があり、フランス語の移り変わりと、外来語の浸食に、常に目を光らせている。フランス国内のラジオで流れる曲の半分は、フランス語でなければならないと云う決め事を設定する程の徹底振りだ。

日本人は、いったいいつまで経ったら、このアメリカ語至上主義を克服するんだろう。折角「国語審議会」と云う機関もあるのだし、もっと日本語を大切にするべきだ、と声を大にして言う。

 

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